あの頃の小さな朝の記憶

日々

子どものために作っていたお弁当の写真を見返していたら、あの頃の朝のことを少し思い出した。

毎日余裕があったわけじゃないし、いつもきれいに作れたわけでもない。

朝は慌ただしくて、時間に追われることも多かったけれど、それでもその中で、少しだけ顔をつけてみたり、色の組み合わせを考えてみたり、小さな工夫をしていた日があった。

子どもがふたを開けたとき、少しでも楽しい気持ちになってくれたらいいな。

そんなことを思いながら作っていたお弁当は、今見ると完璧ではなくても、その時の気持ちごと残っている気がする。

ほんの少し手をかけただけの日もあれば、いつもより少し頑張れた日もあった。

その違いまで含めて、あの頃の朝だったんだと思う。

顔があるだけで、いつものおかずも少しやわらかく見えたりして、作るこちらも少し楽しくなっていた。

忙しい朝の中でも、子どものことを思いながら手を動かす時間は、ただ慌ただしいだけじゃない、小さなぬくもりのある時間だったのかもしれない。

今ならもっと上手にできたかな、と思うこともあるけれど、あの頃はあの頃なりに、できる範囲でちゃんと向き合っていた気がする。

そう思えることが、少しうれしい。

【ここに写真:1枚目】

季節や行事に合わせて、少しだけ雰囲気を入れてみた日もあった。

特別なことではなくても、その小さなひと手間で朝の景色が少し変わって見えることもあって、お弁当を作る時間の中には、思っていたよりたくさんの気持ちが詰まっていたんだなと思う。

子どものために何かを作る時間は、その時は当たり前のように過ぎていくけれど、あとから振り返ると、ひとつひとつがちゃんと記憶になって残っている。

お弁当の形や中身だけじゃなくて、台所の空気や、その朝の気持ちまで思い出せるような気がする。

【ここに写真:2枚目】

毎日同じように見えても、同じ朝はひとつもなかった。

少し眠たかった日も、慌てていた日も、なんとか間に合わせた日も、子どものために手を動かしていたことだけは、こうして写真を見るとちゃんと伝わってくる。

あの頃の朝は、忙しくて、あっという間で、でもたしかに小さなやさしさがあった。

今見ると少し懐かしくて、ちゃんと大切な時間だったのだと思う。

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